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どつき漫才で知られる漫才コンビ、正司敏江・玲児の正司玲児さん(しょうじれいじ)=本名・及川玲児=が10日午前10時32分、成人T細胞白血病リンパ腫のため亡くなった。71歳だった。
玲児さんは大分県出身で、1966年に妻の敏江(当時)とコンビ結成。
舞台上でせりふを忘れた敏江を玲児さんがどついたことをきっかけに、敏江も逆襲するどつき漫才で人気を得て、69年に上方漫才大賞の新人賞を受賞。
その後76年に離婚したが、コンビを続け、11月まで舞台に立っていた。
訃報に接し敏江は「私がここまでこれたのは師匠(玲児さん)のおかげ。自分へも他人へも厳しい人でした。この歳になっても生活できるのは師匠のおかげでした」とコメントを寄せた。
玲児さんは肺気腫を患い、10月に入院。約1カ月間休養し、11月7日に大阪・通天閣劇場で復帰したばかりだった。
関係者によると、再び体調を崩し、今月1日から大阪府内の病院に再入院していたという。11月28日に大阪市内で行われた「上方演芸特選会」が最後の仕事になった。
通夜は13日午後7時から、告別式は14日午前11時30分から、大阪市北区長柄西1の7の13、大阪市立北斎場で。喪主は長男の及川孔児さん。(松野)
玲児さんは大分県出身で、1966年に妻の敏江(当時)とコンビ結成。
舞台上でせりふを忘れた敏江を玲児さんがどついたことをきっかけに、敏江も逆襲するどつき漫才で人気を得て、69年に上方漫才大賞の新人賞を受賞。
その後76年に離婚したが、コンビを続け、11月まで舞台に立っていた。
訃報に接し敏江は「私がここまでこれたのは師匠(玲児さん)のおかげ。自分へも他人へも厳しい人でした。この歳になっても生活できるのは師匠のおかげでした」とコメントを寄せた。
玲児さんは肺気腫を患い、10月に入院。約1カ月間休養し、11月7日に大阪・通天閣劇場で復帰したばかりだった。
関係者によると、再び体調を崩し、今月1日から大阪府内の病院に再入院していたという。11月28日に大阪市内で行われた「上方演芸特選会」が最後の仕事になった。
通夜は13日午後7時から、告別式は14日午前11時30分から、大阪市北区長柄西1の7の13、大阪市立北斎場で。喪主は長男の及川孔児さん。(松野)
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